見たら終わり

 私が今までに訪れたどの自社仏閣にも似た神社にいる。姿形もおぼろげな友人と一緒にいる。境内には二本の松の木があり、それを拝むことができるという。私たちは一本の松の木の裏側に回った。正面では神主たちが儀式を執り行っていたからだ。松の木の裏側で、私は熱心に祈りをささげた。すると、祈りの最中、突如となりに現れた神主がちょっかいをかけてくる。「随分と長いこと拝むんですね」「あなたもう45分くらい拝んでますよ」。そんなに拝んでいるはずはないし、真剣に祈りをささげている途中に喋りかけられれば不愉快になる。しかし、私はそれだけ必死にささげていた祈りの中身を覚えていないのだった。

 場面が切り替わる。
 友人の雰囲気はいつの間にか消え失せ、一人になっている。恐らく同じ神社なのだろうが、私は本殿の中で境内に出る道を探してさまよっている。すぐ目の前に広がる境内になぜか降り立つことができない。縁廊下をぐるりと廻って本殿の裏手に出ると、不気味に身を捩らせた大木がひしめきあうように何本もそびえる森林が広がっていた。木々の根元には白くて大きな、これまた不気味にぶよぶよとしたきのこが沢山生えているのが見えた。その森は本殿ぎりぎりまで迫っていたが、粗末な金網があちらとこちらに境界線を引いているお陰でなんとかこれ以上は浸食してこないようだった。暗くて本当に気味が悪いし、何かが腐ったような厭な臭いも漂ってくる。
 金網沿いにしばらく進み、適当な場所で本殿に上がると、巫女装束の女の子たちが二、三人忙しなく歩きまわっている。瞬間、私もどうやら巫女の一人であったのだと気付いた。長年生活を共にしてきた巫女たち(男の子もいた)と談笑する。この本殿を卒業して俗世に出た先輩方は霊能力者として生計を立てているらしく、そのうちの一人が「見たら終わり」の幽霊を退治することに失敗したとかで、廃人状態だという。息を切らしてやって来たもう一人の巫女が「また先輩が失敗した」と私たちに告げる。次は私たちの番らしかった。

  幽霊が巣くっているのは、私の祖父母宅だった。しかし祖父母の姿はない。私は気づきも疑念も不安も一切なく、巫女たちと共にそこへ乗り込んだ。居間には失敗した私たちの先輩(随分と老け込んだおじさんだ)が青白い顔で、虚空に懺悔と謝罪の言葉を吐きながら佇んでいた。
 そいつはトイレに棲んでいる。トイレの扉はすりガラスで、外からでもうっすらとそいつの輪郭を辿ることができる。人の姿を模っていると思われた。勢いよく開いた扉の奥から飛び出してきたのは、からからに干乾びたおじいさんのミイラみたいな風貌をしていた。
 それからのことは画面が目まぐるしく変わっていったために上手く説明できない。そいつはなぜか私には手を出さず、周りの巫女たちばかりを攻撃していた。攻撃といっても、腕を大きく伸ばして脅かしてくるとか、巫女たちを裸にして向かいにある風呂に突き落とすとか、「見たら終わり」の幽霊とは思えない稚拙な手ばかりだった。しかし私たちは恐々としてそいつに立ち向かう他なく、皆懸命に攻撃を受けていたように思う。 

 場面が切り替わる。
 居間に戻っている。私たちは私たちの先輩を皆で組み敷いていた。先輩は私たちの手足の下で言葉にならない声を漏らしながら蠢いている。彼の顔色が限りなく青白くなっていくことに恐怖を覚えた。
 ふと視線を感じて仏間に目を向けると、広縁から母がこちらを見つめていることに気が付いた。私は眼下に組み敷かれている男の顔色と母を交互に見つめるので忙しかった。しばらくすると、おもむろに母が仏間を横切ってこちらへ歩み寄ってきた。傍らには松葉杖をついた父もいた。父は私を一瞥すると「少し疲れたなあ」と呟いた。彼はそのまま異様な様子の私たちを無視して、トイレの方へとまっすぐ向かっていく。いけない。父は「見たら終わり」の幽霊がトイレに潜んでいることをきっと知らない。咄嗟に私が父を追いかけた時、彼はなぜか風呂場に入ろうとしているところで、その背後を狙うようにトイレの扉がゆっくりと口を開けつつあるところだった。ほとんど全身を打ち付けるくらいに扉を抑え込んだが、すさまじい力で押し戻される。水分の蒸発しきった幽霊の目が扉の端からじっとりと覗き込んでくる。そこで私は、そいつの瞳が青緑色っぽいことに気が付いた。