さらばうつくしい八月
好きな季節と言えば断然夏で、暑さも大して苦にならなかった。
海で泳いだり山に泊まったりなんて活発的なことはあまりしないが、
しかし夏が終わろうとする今、あんなに好きだった匂いと今年は一度も出会えなかったことを思い返している。大きな仕事を初めて任されて、疲れ果て、休日もろくに外を出歩かなかったせいかもしれない。もしくは夏の匂いに気付くだけの感受性が私にはもはや無いからなのかもしれない。いずれにせよ、匂いも空も意識に残らない夏を過ごしたことが寂しくて仕方がない。
一方で、年をとる度にこうして夏の過ごし方が変わっていくのかもしれないとも考えている。五感に夏を受け止めるような楽しみ方は、本当は子供の頃にしかできないのかもしれない。思えば大人になってからは花火も、お祭りも、友人たちとうんざりするくらいにゲームで遊ぶのも、一切を子供時代の思い出を追いかけるように楽しもうとしてしまう。今更思い出を追いかけたところで、得られるものは何も無いのに。高い空や夏の匂いなんていうのも実のところ、くたびれた心身をノスタルジーに浸して癒したい私の都合の良い思い出なのかもしれない。
今日はネイルを新調しに出かけて、帰路に着く頃にはすっかり暗くなっていた。もう随分と涼しい風が吹くようになっている。それでもまだ、という気持ちで大きく息を吸い込んでみたが、最後の夏の夜は香らなかった。